「オカアサン」(佐藤春夫)

ミステリー小説全盛期の源流にある作品

「オカアサン」(佐藤春夫)
(「夢を築く人々」)ちくま文庫

仙人のような男から、
「わたし」はロオラと名付けられた
鸚鵡を買ってくる。
ロオラはすでに
いくつかの言葉を覚えていて、
中でもよく
「オカアサン」と話した。
その話し言葉から、
「わたし」はこの鸚鵡の
もとの飼い主の
家庭を思い描く…。

佐藤春夫にはまだまだ
素晴らしい作品がありました。
本作品について
無理に粗筋を書くとすれば、
上記の通り、たったこれだけです。
本作品は「空想系」に分類できます。
「蝗の大旅行」「美しき町」
「西班牙犬の家」と同じ系列なのです。
それも最初から最後まで空想、
いや、推理とでも呼ぶべきでしょうか。
その推理が見事です。

ロオラは妻や娘になつく。
→以前の飼い主は女性。
ロオラは、妻よりも
太った娘を好いている。
→以前の飼い主も太っていた。
ロオラは
近所の子どもたちによく反応する。
→子どもを相手に育ったはず。
ロオラは男の声を少しも言わない。
→男のいない家庭に育った。
ロオラは犬とも親しげに話す。
→以前飼われていた家にも飼い犬がいた。
ロオラは「オカアサン」を
3種類の言い方でする。
→子どもが3人いた。
と、こんな具合で、
ロオラが以前飼われていた環境と、
そこでロオラが果たした役割を、
見事にストーリーとして
描きあげてしまうのです。
「わたしは自分の想像を
 信じているのです。
 そうしてせめては
 さびしい夫人が良人の留守の間に
 子供を死なせたのでなければ
 いいがと案じているのです。」

そこまで想像してしまうか!
と突っ込みを入れたくなるような
名推理なのです。

探偵も登場しないし、犯罪も起きない。
しかし謎解きだけがあるのです。

この時代の小説家、
特にこの佐藤春夫、谷崎潤一郎などは、
現在のミステリーに繋がる
探偵小説、推理小説のようなものを
模索していました。
犯罪小説といってしまえば、
泉鏡花志賀直哉も書いています。
芥川龍之介川端康成なども
それに類する作品を著しています。

もしかしたら、
こうした作家たちの試行錯誤から
探偵小説、推理小説、
そしてミステリーが
生まれてきたのではないかと
思うのです(その点、江戸川乱歩
まっしぐらに突き進んだのですが)。

考えてみれば、ミステリーこそ
空想力がなければ
生み出せない小説世界です。
純文学が描き尽くされたから、
現代の才能ある作家たちがミステリーに
偏っていったのかも知れません。

空前のミステリー小説全盛期の現代。
その源流にある作品です。

※なぜか青空文庫の
 数少ない佐藤春夫作品。
 著作権が切れた現在、
 絶版中の魅力ある作品が
 青空文庫に登場することを
 期待しています。

(2019.4.13)

Manfred RichterによるPixabayからの画像

【青空文庫】
「オカアサン」(佐藤春夫)

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※佐藤春夫作品の記事です。

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